- Column -

■ 公開鍵のメルヘン

ある国に子供がなかなかできない王様とお妃様がいて,

やっと姫を授かったので喜んで大宴会を開いたのですが,

お皿の数が足りなかったために魔女を一人だけ呼びませんでした.

魔女は怒り,パーティーに乱入して

「王女は 15 歳になったら "公開鍵" に触り,

膨大な数の素因数分解問題や離散対数問題を解くか,

"公開鍵" とペアになっているはずの "秘密鍵" を使わなければ

眠りから覚めないようになるだろう.」

と不吉な予言を残して去って行きました.


15 歳になり姫は好奇心から "公開鍵" に触ってしまい,

予言通り眠りの世界に入ってしまいました.そして城の全ての人々も.

やがて城のまわりにはイバラが生え茂り,

ついには城を取り囲んでしまいました.

美女がいるという噂を聞きつけた若者が何人も

そのイバラの餌食になっていきました.


そして 100 年たち,ある王子が通りかかり,

美女の噂を聞きつけたその王子が入ろうとすると,

イバラが自ら道を開け王子を通し,そしてまた道を閉じてしまいました.

中にはいった王子は噂通りの美しい姫に思わずキスをすると,

なんと姫は目覚めました."秘密鍵" とは王子のキスのことだったのです!

姫は,王子を見て懐かしそうに微笑みました.

そしてお城中は目覚め,二人は結婚しました.


そして幸せに暮らし,5 年経ったある日のこと.

王子はおかしくなったように笑い出し,

「私はあの時の魔女だよ.

私はお前の親に受けた仕打ちの仕返しに,お前に嫌がらせをしてやろうと決めたのさ.

お前を私の "公開鍵" で封印して誰も起こせないようにして,

皆が忘れた頃に "秘密鍵" でお前を起こす.

お前は私の罠にまんまとかかって,王子の姿をした私に惚れてしまったというわけさ.」

王子の姿をした魔女はこう言い放つと,霧になって消えてしまいました.

心から王子を愛していた姫は悲しみにくれた末,

自ら自分の "公開鍵" に触れ,眠りにつきました.

同じように城全体は眠ってしまいましたが,

魔女のような魔力はなく,イバラで覆われるようなことはありませんでした.


そしてまた 100 年がたち,ある王子が通りかかりました.

王子は眠る姫を見て一目で好きになってしまい,何とか姫を起こせないものかと考えました.

「"公開鍵" で眠りについた者を起こすには

膨大な数の素因数分解を行わなければならないと聞く」

王子は早速自分の国の研究者をできる限りたくさん呼び,

姫の状態から,何と姫の "秘密鍵" を知ることができたのです.

9 週間の下準備をした上で,さらに 292 人の研究者が力を合わせても 5.2 ヶ月もかかる大きな作業でした.

王子は姫の "秘密鍵" を使って,姫の眠りを覚ましました.


姫が王子を見ると,なんとあの心から愛していた王子にそっくりではありませんか.

姫は魔女の事を思い出し,悲しみに泣きだしてしまいました.

それを見た王子はこう言いました,

「何があったのかは存じませんが,私はあなたを一目見て好きになってしまいました.

どうかそんな悲しいお顔をなさらないで下さい.

あなたの悲しそうな顔を見るために素因数分解などしたのではありません.」

姫はその言葉を聞いて,この王子は魔女などではなく,

本当に苦労をして自分の目を覚ましてくれたのだと知りました.

王子は,

「どうか私と結婚して欲しい」

と続けました.


姫は,小さく頷きました.

それから,姫と王子は,年代の差に困惑しながらも

それは幸せに暮らしたということです.

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